石丸伸二の銀行員時代がすごすぎる!若い頃から超絶エリートだった

東京都知事選を控える石丸伸二さん。

安芸高田市長時代の功績やSNSを中心に発信を続けていたことから、期待する人も多いようですね。

そんな石丸伸二さんの過去についても、多くの人が気になっているようです。

ということで、今回は石丸伸二さんの銀行員時代について調査してみました。

  • 石丸伸二さんの銀行員時代はどんな?
  • 当時の様子を画像で知りたい!

こういったことをまとめています。最後までぜひご覧ください!



目次

石丸伸二の銀行員時代がすごすぎる!

石丸伸二さんの銀行員時代の概要は、以下の通りです。

  • 2006年(24歳):三菱UFJ銀行へ入行
  • 2008年(26歳):企画部経済調査室配属
  • 2010年(28歳):円貨資金証券部に配属
  • 2014年(32歳):為替アナリストとしてMUFGユニオンバンクの初代NY駐在員に赴任

次でそれぞれ詳しく見ていきたいと思います!!

①2006年:三菱UFJ銀行へ入行、姫路支店へ配属される

石丸伸二さんは京都大学を卒業後、三菱UFJ銀行へ就職しています。

大学では経済学部に在籍していて、経済データの分析に関する『計量経済』という分野を学んでいたんだそうです。

しかし、一方でサークル活動のジャグリングに打ち込んでいたとも話しています。

ただ、主には遊んでいましたね。ジャグリングドーナツという大道芸をするサークルに入っていました。
~中略~
本当に朝から晩まで練習していましたね。他になにしてたのかな(笑)

京都大学新聞より

経済学部だったことから、銀行への就職は想像できそうですが、ジャグリングをされていたことは以外でしたね。

入行後は姫路支店へ配属され、法人のお客様を相手に融資の仕事を2年ほどしていました。

しかし、事務作業も大切な仕事で、当時はストレスだったとも話しています。

銀行はやはり事務を完璧に行うということが非常に重要ですので。読んでいると、当時のストレスを思い出します(笑)。

DIAMOND onlineより

石丸伸二さんも、最初は普通のサラリーマンだったんですね。

②2008年:企画部経済調査室へ配属

2008年から石丸伸二さんは、アナリストとして活動を始めます。

これは会社の方から声かけされたことがきっかけだったとのこと。石丸伸二さんの勤勉さがわかりますね。

企画部経済調査部という、銀行の本部機能の中枢を担う部署に異動となり、世界経済全体の見通しを立てる業務を担当されました。

大学時代に専攻していた分野を仕事にしたいと思っていた石丸伸二さんにとって、この異動は本当に良かったのだと話しています。

自分の専攻していた統計を使った仕事がしたいとはかねがね思っていたので、もうこれだけで出来過ぎなぐらいですね。

京都大学新聞より

すでに銀行の中心的な業務を任されている石丸伸二さんですが、ここからさらにキャリアを積み上げていきます。

③2010年:円貨資金証券部へ配属

さらに2年後には、円貨資金証券部への異動が決まります。

ここは金融商品を扱う部署で、一日にものすごい金額が動く場所だったんだそう。

なんと、銀行の総資産となる120兆円のうち、3分の1の40兆円を運用する部署でした。

このお金を増やすべく、石丸伸二さんはアナリストとして自身の予測や考えを発表していました。

判断を間違えばとても大きな損失がでることもありえるこの部署。石丸伸二さんのプレッシャーや責任は相当なものだったのかもしれませんね。

この業務を4年ほど経験することになります。

④2014年:MUFGユニオンバンクの初代NY駐在員に赴任

2014年には、為替アナリストとしてニューヨークへ異動となります。

具体的には、

  • ブラジルレアル
  • アルゼンチンペソ
  • メキシコペソ

といった中南米の通貨を中心に、海外通貨の値段を調査する業務を行っていました。

その業務は過酷で、年間100日以上が海外を含む出張。アメリカ大陸9か国25都市を4年半にわたり飛び回っていたんだそうです。

為替は、自身の生活とは関係なく変動します。

当時の石丸伸二さんは、きっと昼も夜も関係なく働かれていたのでしょう。

そんな石丸伸二さんの、当時の資料が確認できました。

三菱UFJレポートより
在パナマ日本国大使館セミナーより

アナリストとして独自の見解や、セミナーをされていたことがわかりますね。

石丸伸二さんの仕事は、通貨の価格が上がるか下がるかを分析すること。日系企業を中心に、自身の見解を話すセミナーも多かったんだそうです。

石丸伸二さんはアナリスト時代を振り返って、かなり珍しいキャリアを積むことができたと話しています。

かなり珍しいキャリアを歩めたので、めちゃくちゃラッキーでしたね。

京都大学新聞より

駐在員としても初代に赴任していますし、当時は石丸伸二さんだけが歩んだ道や経験がたくさんあるのでしょうね。

銀行員を退職して市長を選択されたのも、こういった過去があったからこそできたのかもしれません。


石丸伸二の銀行員時代がすごすぎる!若い頃から超絶エリートだった|まとめ

今回は、石丸伸二さんの銀行員時代について調査してみました。

業務については難しい内容もあったかもしれませんが、とにかく若い頃から優秀であったのは間違いないですね。

石丸伸二さんの知らない一面を知ることができました。今後の活躍を応援していきたいと思います!!

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